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井波彫刻って?

井波彫刻って?

富山県南砺市井波町では古くから木材への彫刻が盛んにおこなわれてきました。

井波町の彫刻の始まりについて少し説明したいと思います。

井波彫刻のはじまり

明徳元年(1390年)本願寺五代、綽如上人(しゃくにょしょうにん)は、後小松天皇の命令により井波別院を創設しました。
何度か井波別院は焼失しましたが、そのつど再建されました。

 江戸時代中期、瑞泉寺本堂再建の時、本堂の彫刻のために京都の本願寺から彫刻師・前川三四郎が派遣されました。このとき地元大工・番匠屋九代七左衛門ら四人がこれに参加し、彫刻の技法を本格的に習ったのが井波彫刻の始まりです。
  寛政四年(1792年)、瑞泉寺勅使門(ちょくしもん)、菊の門扉の両脇に彫刻された「獅子の子落とし」は七左衛門の代表作で、狩野派風な図柄を浮き彫り の技法を駆使した日本彫刻史上の傑作とされています。それ以後は、その門流が江戸時代末期頃まで神社仏閣彫刻などを中心にその技法を競っていました。

近代に入って

 明治時代に入ってから寺院欄間に工夫を凝らし、新しい住宅用の井波欄間の形態が整えられました。

 昭和に入ってからも、寺社彫刻は活発で、東本願寺・東京築地本願寺・日光東照宮など全国各地の寺社・仏閣の彫刻を数多く手がけ、それと並行して一般住宅欄間・獅子頭などの置物にも力が注がれました。

そして、 昭和22年に井波彫刻協同組合が結成され、昭和50年には通産大臣より伝統工芸品の指定を受けました。

現在では

 現在では、「井波彫刻」は時代の流れとともに豪華さを誇った寺社彫刻から、民家の室内彫刻へと移り変わっており、住宅欄間はその主力となっています。また、伝統工芸だけでなく、日展などへの作家活動も盛んになっています。

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